Frankfurt Book Fair 2002.10.09-14
 イーブックは日本から世界へ =フランクフルト・ブックフェア2002報告=

 以下のレポートは、「出版ニュース」2002年11月上旬号に掲載された「イーブックは日本から世界へ」に、リンクと写真を入れたものです。 (s)は翔泳社、清水さん撮影。

2000年の報告「eBookは深く静かに」
2001年の報告「eBookは、更に、深く静かに」

イースト株式会社 下川 和男

 初日、のっけから、メッセ会場の玄関に置かれた、「氷に閉じ込められた本」に驚いた。ロイターが伝えたので、ご存知の方も多いと思うが、ドイツ・アマゾンが、高さ2メートル、幅10メートルの氷壁を作り、その中に多数の本を閉じ込めたのである。現代アートの一種であろうが、何を表現したいのかサッパリ判らない。しかし、強いインパクトを参加者に与えていた。
 本を粗末に扱うとは・・・と思っていたが、三日目に氷が溶けた現場に行ったら、しっかりビニール袋に入れられており、一安心。

氷漬けの本三日目

今年のブックフェア
 今年のフランクフルト・ブックフェアは、10月9日(水)から14日(月)まで開催された。出展社は昨年より260社ほど減って6375社、参加国は逆に4ヶ国増えて、110ヶ国となっている。2000年のシドニー・オリンピックの参加国が197の国と地域なので、その半分以上が出展していることになる。展示スペースも若干減少して17万平方メートル。東京ビッグサイトの展示総面積が8万なので、ビッグサイト二個分と、まさしくビッグな展示会である。
 今年の参加者数は、まだ発表されていないが、昨年は26万人。目黒区の人口に匹敵する。といっても、高校生や家族連れも訪れるので、業界関係者は半分程度と思われる。それにしても10万人以上の世界の出版人がフランクフルトで商談を行う姿は壮観である。
 どのブースも展示より商談スペースを多く取っており、私が商談を行ったマクミラン社のブースには小さなテーブルに四個の椅子が置かれ、これが20セットほどすし詰め状態で並んでいる。ここで、ワイワイガヤガヤ商談を行う。コーヒーカップが切れてしまい、お茶も飲めなかったが、ブースによっては、昼間からワインやシャンペンを飲みながら、ゆったりと版権交渉を行っている。五時を過ぎると、点々とパーティーが始まる。私は日本コーナーのパーティーとMEBICという日本の電子出版系共同ブースの寿司パーティーに参加したが、これはものすごい人気で、250人前が30分ほどでなくなってしまった。
 ブックフェアでは、毎年特定の国にフォーカスを当てるが、今年はバルト三国のリトアニアであった。この展示は非常にレベルが高かった。言語、歴史、美術、レジスタンス、ヴィリニュス(首都)などが表題となった立派な英文小冊子を今回の展示のために作成し、文化人の講演が行われていた。昨年のギリシャ、一昨年のポーランドとは違い、観光案内のコーナーもなく、リトアニアの文化を伝えることに徹していた。

中央駅にも展示がSバーン(近郊電車)
に続き、Uバーン
(地下鉄)も乗り入れ
駅からメッセタワーの眺め駅の自動手洗装置
場所を間違えると
また水が!

リトアニアブースでの講演斬新な展示リトアニア語の辞書と言語樹

イーブックは何処
 毎年、マルチメディア館の入口には、ドイツのマイクロソフト・プレスが大きなブースを構えている。昨年、一昨年と、この一角で読書ソフト、マイクロソフト・リーダーのデモが行われたのだが、今年は一台も展示されていなかった。
 昨年、インデザインやイラストレータと共に、イーブック・リーダーを展示していたアドビや、イーブック・マンという読書端末を展示していたフランクリンも今年は姿が見えない。イーブックは総崩れかと思ったら、ジェムスターが出展していた。
大きな暖炉にフカフカのクッションが4、5個置かれ、読書端末が並んでいた。ここで、来場者は自由に座って、液晶端末での読書を楽しむことができる。
 ジェムスターのGEB1150、2150という二種類の読書端末は、前者が1998年11月に出荷されたロケットブック、後者がソフトブックというシリコンバレーの夢の電子書籍の流れをくむデバイスで、2000年にテレビ録画Gコードの発明者である中国系アメリカ人、ヘンリー・イェン氏が買収した。
 GEBは、RCAから鳴り物入りで発売されたが、「紙から液晶へ」という大きな潮流を一社で作ることはできず、最近は低迷状態が続いている。ドライな米国企業であれば、事業をたたんでしまうところであるが、東洋人の粘りで持ちこたえているようだ。
 オンライン書店のBOL、本の通信販売DerClub、テレビ局ZDFのベルテルスマン系3社が、会場内で作家のインタビューを行い、テレビ中継していた。ブックフェアにはADR、RTL、3SATなどの主なテレビ局も出展し、オープン・スタジオを作っている。
 また、マルチメディア館には昨年同様、XMLでワンスース・マルチユースを行う製品やサービスの企業が多数出展していた。イーブックの読書ソフトや読書端末の出展は減少しているが、その裏では、コンテンツのXML化やデジタル化が着々と進行している。

ジェムスター(s)GEB1150(奥)、2150(s)暖炉で電子読書

会場の一角にLinotype初めて見た複雑な駆動用ベルトメカの塊に感動

タブレットPC
 マイクロソフト・プレスのブースには、読書ソフト、マイクロソフト・リーダーに代わって、富士通シーメンス社製のタブレットPCが置いてあった。タブレットPCは10月16日から東京ビックサイトで開催されたWPCエクスポで、何と150台も展示され話題となったが、マイクロソフト社の戦略商品である。
 デスクトップ、ノートに続く新しいパソコンのスタイルとして「タブレット」は位置付けられており、今年から来年にかけて、日本でも多額の広告宣伝費が投入されるようだ。
 Windows XPプロフェッショナル版に、手書き文字認識や音声入力、デジタルインクと呼ばれる手書き文字とテキストの融合技術などを追加している。つまり、最新最強のOSが入ったパソコンである。
 タブレット型はノート型からキーボードを着脱式にしたもので、重さ2kg以下、実売価格20万円以下、画面はXGA(1024x768)で、読書端末にも使えるパソコンである。ザウルスやポケットPCの画面は、QVGA(320x240)なので、10倍以上の情報が表示できる。
 キーボードを取り外し、大きな画面が前面に出ている理由は、「見るべきコンテンツが増えた」からである。パソコンの用途は、エクセルやワードから、「ホームページを見る」に移りつつあり、CDを読むときだけ、CDドライブを接続するのと同じ発想で、計算や文書作成のときだけ、キーボードを取り付けることになる。
 インターネットへの接続を重視しているので、富士通以外に、東芝、NEC、ソーテック、HPなどから出荷されるタブレットPCのほとんどには、無線LANが内蔵されている。
 また、「液晶の板」なので、縦長に置くことも出来る。デスクトップやノート型は横長の画面なので、縦長の書籍は、見開き二頁表示で見ることになるが、画面は紙面にくらべて解像度が極端に低いので、文庫、新書程度の文字数しか表示できない。縦長にして一頁表示を行えば、段組された雑誌や技術書などの表示も可能となる。アドビ・イーブック・リーダーやEBIブックリーダーには、「回転」という機能があり、縦長一頁の表示モードを持っている。

マイクロソフトブース富士通のタブレットPCドイツテレコムの
CEコミュニケーター
地下鉄内の広告

プレスセンター今年のポスター
地下鉄内の広告
会場風景

躍進するコミック
 コミック館は今年も混雑していた。二年前に登場した漫画の集合展示は、今年、日本勢の参加により、充実したコーナーとなった。日本勢とは講談社、小学館、集英社、白泉社の四社で、少年マガジン、少年サンデー、少年ジャンプ、そして「花とゆめ」が揃った。
 欧米の出版社にも「MANGA」は定着しており、英訳日本マンガの立ち読みコーナーを作る出版社や、「BANZAI」というドイツ語の日本マンガを載せた雑誌まで登場した。
 昨年はテロの影響で大半の出版社が出展を見送った日本コーナーにも、マンガの描き方の英文解説本や様々なコミックが展示されていた。サンリオのミッフィーもアムステルダムの会社が売り込んでいる。
 バットマン、スパイダーマンなど、米国の子供向けマンガとは異なり、日本のマンガは大人でも読めるものなので、欧米で高い評価を得ている。

右:集英社、白泉社、左:小学館、講談社Manga立ち読みコーナー少女漫画系のDAISUKI

ミッフィーグラフィック社のマンガの描き方テレビ局[hr]の特設スタジオ

欧米の出版社
 ランダムハウスもピアソンもペンギンもタイムワーナーも、イーブックについての展示は皆無であった。一昨年、スタートレック・シリーズなどのイーブックを大々的に発表した、サイモン・アンド・シュースターもイーブックのカタログは作っていなかった。受付けで問い合わせたら長く待たされた後、「オン・ザ・ウェッブ」と言われてしまった。確かに、ウェッブ上のカタログをクリックすれば、すぐにダウンロードが開始され、クレジットカード番号を入力し、数分後にはその本を読むことができる。紙の電子書籍カタログをいくら指で押しても、手垢がつくだけで、本は手に入らない。
 マクミランの辞書部門で販売情報を教えてもらった。彼らのGroveMusicという音楽事典と、GroveArtという美術辞典が好調である。音楽は2万9000項目、美術は4万5000項目と世界最大規模のオンライン辞書で、四半期ごとに改訂されている。
 今年2月、英国を訪問した際には、アイスランドとジョージア州と契約したとのことであった。アイスランドは28万人の全国民が自由にインターネットでの辞書引きが行え、ジョージア州は図書館で閲覧できる。今回、フィンランドとペンシルベニア州、カリフォルニア州から新たに受注した。フィンランドの全国民だと嬉しいのだが、さすがにそれは時期尚早で、すべての国立大学への配信とのことである。ペンシルベニア州は州立の学校と図書館、カリフォルニア州はUCLA、UCSD、UCBなどの州立大学に提供している。
 インターネット上では、ジャンルごとに特定の辞書サービスが巨大化し寡占化する傾向がある。マクミランの音楽事典と美術辞典は、書籍でも世界最大であったが、ウェッブでもその地位を確保し、さらに増強されている。美術辞典は10万点以上の絵画を実際に見ることができる。将来、日本政府が契約してくれれば、我々は何時でも、インターネットで世界の美術品を鑑賞できるようになる。
 辞書では、百科事典の老舗ブリタニカが、その運営元であるシカゴ大学のブースで大きく展示されていた。全30巻、世界で700万セットを販売した書籍から、CD、DVD、インターネット、そして子供用まで幅広い品揃えを誇っている。
広い8号館に入った英米出版社の中に、調査会社のニールセンも出展していた。BookScanという書籍の販売統計情報を販売している。アマゾン、ボーダーズなどの書店と提携し、その販売情報を集計した今週のベストセラーなどの情報を買うことができる。

サイモン・アンド・シュースター取次ぎ:イングラムピアソン・エデュケーション

ランダムハウス系ワイリー系のブランドピアソン・エデュケーション系

調査会社:ニールセン会期中毎日
ニュースを発行
旅行書籍会社の
見開き地図

アジアの出版社
 6号館のアジアの出版社も元気である。日本の52社は、6号館の日本コーナー以外に、コミック館、マルチメディア館などに分散しているが、中国の70社、韓国の12社は共同ブースに入っている。
中国のブースはケ小平とプロボクサーの本が並んでいたり、各地のガイドブックや民話、薬膳料理から点心の作り方まで、一社ごとの展示スペースは小さかったが、面白そうな本が多い。
 台湾のブースに、香港の環球國際科技有限公司製の「環球閲読易電書」という読書端末のパンフレットがあった。オリジナルのCPUチップを使用し、画面は616x480でVGAより少し小さなモノクロである。かなり低価格で販売可能なデバイスだが、販売目標は1000万台と豪語していた。昨年度の日本のパソコン国内総出荷台数と同数である。

台湾コーナー中国コーナー香港コーナー

中国の共同展示中国医療中国各地の民話と故事

料理中国の民族神話トウ小平とホリフィールド

日本の共同ブース岩波書店講談社

北朝鮮の出版社韓国の共同ブール韓国の地図
西に北京、東に東京

イーブックは日本から世界へ
 フランクフルト・ブックフェアで、イーブックは総崩れ状態だったが、これは、欧米の「早すぎたブーム」によるものである。1998年から2000年にかけて、シリコンバレーのインターネット・バブルの中で次々に登場した読書ソフトや読書端末は息切れ状態となっている。昨年ご紹介した、フランクフルト・イーブックアワードも、その推進母体が消滅してしまった。
 それでは、イーブックは夢だったのかというと、そうではない。インターネットと電子の紙での読書は、まさに「深く、静かに」準備が進められている。
 その震源地は日本なのである。
 イーブック・イニシアティブ・ジャパン(EBI)は、2000年4月の東京国際ブックフェアで話題を集めた、見開き二画面読書端末の製品化を進めており、三洋電機も見開き型PDAの開発を発表した。
 凸版印刷は、MEBICや自社ブースで、出資したイーインク社の電子ペーパーを展示し、話題を集めていた。4月の東京国際ブックフェアで、ご覧になった方も多いと思うが、液晶画面のようなバックライトではなく、紙と同じ自然光で文字を読む心地よさや、その鮮明さは、すばらしい。
ソニーも、一世を風靡した電子ブックの開発チームが、e-Bookエンタテイメント事業準備室を設置し、イーブックへの参入を計画している。コンピュータ、ピクチャー、ミュージックに次ぐエンタテイメント事業の大きな柱として電子の本を位置付けている。
これらのプロジェクトの成果が、年末から来年春にかけて、続々と登場する予定である。そして、まず日本でイーブックがブームになる。それが米国のように数年で終わるのではなく、中国に飛び火すると予測している。
 数年前から、中国は教科書を電子書籍にするという噂があり、徐々に信憑性を増している。中国は慢性的な紙不足であり、一気に紙を使わない電子書籍に移行する可能性が高い。電話が普及していなかった中国が、いまでは携帯電話の最大の市場となっていることでも判るように、国が方針さえ出せば、最先端の技術がいとも簡単に普及するのである。
 日本の人口は1億2600万人で年間1000万台のパソコンが販売されているが、中国は12億3600万人。人の寿命を80年とすると、同年代が1500万人。中学と高校の6年間に電子教科書を導入するだけで、1億台というまさに巨大な市場が作られる。これに、毎年、新入生1500万人が読書端末を購入することになる。前出の環球閲読易電書が1000万台という販売目標を持つことも、この中国市場を考えれば理解できる。
 日本から中国に電子書籍ブームが引き継がれれば、それは瞬く間に世界に広がり、本当のイーブック時代が到来することになる。日本の巨大コンピュータ企業にとっては、久々にその製造技術力を世界に示す好機だし、市場も大きい。
 紙の発明から2000年、グーテンベルグから550年。出版の大革命であるイーブックの成否は、日本の双肩にかかっている。

環球閲読易電書(s)MEBICブースイーインク読書端末(右:試作機)


付録:スマート・ディスプレイ
 ブックフェアの直後、東京ビッグサイトのWPC expoで、タブレットPCの影に隠れてスマートディスプレイ(開発名称:Mira)が発表されました。
 タブレットPCが「パソコンを板にした物」に対して、スマート・ディスプレイは「(コンソール・)ディスプレイを板にした物」で、信号線が無線LANとなります。
 つまり、SONY AirBoardのマイクロソフト版です。
 スマート・ディスプレイには当然ながらホーム・サーバ(HS)が必要で、来年から、HS戦争が勃発します。ここに、電子書籍、MP3、MPEGなどのコンテンツが収納されます。
 新聞報道によれば、SONYは「コクーン」というHSを11月に発表予定です。
 マイクロソフトはホームサーバ(HS)の次世代戦略として、.NETマイサービスを提唱しています。 これは、HSを購入する必要がなく、すべての個人コンテンツも、Web上に存在するというものです。
 10月20日の新聞に、シャープが、液晶にCPU、メモリなどの回路を埋め込む技術を開発した と書いてありましたが、ハードディスクとキーボードを除けば、パソコンは液晶と回路だけですので、数年後には、A4サイズ、100グラムの表示装置(=読書端末)も登場すると思われます。

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